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スマートコントラクト関連契約書の法的論点:企業法務が押さえるべき重要事項と条項設計

Tags: スマートコントラクト, 契約書, 企業法務, 法的リスク, コンプライアンス

スマートコントラクトの企業導入が進む中、その法的側面、特に契約書との整合性や新たな条項設計の必要性について、企業法務部は深い関心を寄せていらっしゃることと存じます。従来の契約法における原則と、ブロックチェーン上で自動実行されるスマートコントラクトの特性との間に生じる法的論点を理解し、適切な契約書を作成することは、法的リスクを最小化し、事業の確実性を高める上で極めて重要です。

本稿では、企業法務部マネージャーの皆様がスマートコントラクト関連の契約書を作成・レビューされる際に考慮すべき重要事項に焦点を当て、具体的な法的留意点と条項設計のポイントについて詳細に解説いたします。

1. スマートコントラクトの法的有効性と契約自由の原則

スマートコントラクトは、ブロックチェーン上で予め設定された条件が満たされた場合に自動的に実行されるプログラムであり、その性質上、一度実行されると変更が困難であるという特性を持ちます。この特性は、契約の「自動執行」という点で強力な側面を有する一方、伝統的な契約法における「意思の合致」「変更・解除の自由」「紛争解決」といった概念とどのように整合するのかが、最初の法的論点となります。

1.1. 契約としてのスマートコントラクトの位置づけ

日本法を含む多くの法域において、契約は当事者間の有効な意思表示の合致によって成立します。スマートコントラクト自体が直接的に「契約」であるかについては、その内容や当事者の意思によって解釈が分かれ得ます。多くの場合、スマートコントラクトは当事者間の合意(オフチェーン契約)を自動的に実行する「履行手段」または「契約の一部」と位置づけられることが現実的です。したがって、その前提となる当事者間の権利義務を定めるオフチェーン契約(書面契約)が、その法的有効性を担保する上で不可欠となります。

1.2. 意思表示の明確性と電子署名法

スマートコントラクトのデプロイや特定の取引実行は、当事者のデジタル署名(秘密鍵による署名)を通じて行われます。これは、日本の電子署名法における「電子署名」の要件を満たし得るものと考えられますが、その法的推定力がどこまで及ぶかは、用いられる技術や運用の実態によって詳細な検討が必要です。契約締結時において、当事者の意思が明確にスマートコントラクトの実行内容に合致していることを、オフチェーン契約において明確に合意しておくことが重要です。

1.3. 契約の解除・変更の法的課題

従来の契約では、当事者の合意に基づき契約内容を変更したり、一定の事由に基づき契約を解除したりすることが可能です。しかし、スマートコントラクトは一度デプロイされると、原則としてその内容を変更したり、その実行を停止したりすることが困難です。この「不変性」という特性が、予期せぬ事態や法改正に対応する際の障壁となり得ます。この点に対する法的対応は、契約書の設計において特に重要な考慮事項となります。

2. スマートコントラクト関連契約書における重要条項と法的留意点

スマートコントラクトを事業に導入する際には、通常の契約書に加えて、その特性に合わせた特殊な条項を設ける必要があります。以下に、企業法務部が特に留意すべき重要条項とその法的論点を解説します。

2.1. 定義規定の明確化

スマートコントラクト関連の契約書では、通常の契約書にはない固有の用語が多く登場します。これらの用語について、当事者間で共通の理解を持つよう、正確かつ網羅的な定義規定を設けることが不可欠です。

(例:定義規定)
第X条(定義)
本契約において、次の各号に掲げる用語は、それぞれ当該各号に定める意味を有するものとします。
1. 「スマートコントラクト」:本契約に基づき当事者間の合意事項を自動的に執行するため、ブロックチェーン(〇〇チェーン)上にデプロイされたプログラムコードを意味します。
2. 「オラクル」:スマートコントラクトの実行に必要な外部データ(例:市場価格、イベント発生情報)をブロックチェーン上に提供する、本契約に指定される第三者またはシステムを意味します。
3. 「トランザクション」:ブロックチェーン上で記録されるデータ送信またはスマートコントラクトの実行命令を意味します。

2.2. 契約の目的と実行範囲

スマートコントラクトが実行する具体的な範囲と、どのような条件で実行されるのかを明確に定める必要があります。また、オフチェーンでの人為的な介入や手続きが必要となる場面についても、明確に区別し規定することが肝要です。

2.3. 責任の所在と免責に関する条項

スマートコントラクトはプログラムであるため、バグ、システム障害、セキュリティ侵害のリスクが常に存在します。また、外部情報源であるオラクルが提供するデータの正確性も問題となり得ます。これらのリスクが発生した場合の責任分担を明確に定める必要があります。

2.4. 準拠法および紛争解決条項

スマートコントラクトは国境を越えて実行される特性を持つため、準拠法および紛争解決の合意は一層重要となります。

2.5. データ処理と個人情報保護に関する条項

スマートコントラクトが個人情報を処理する場合、個人情報保護法(日本の個人情報保護法、EUのGDPRなど)との整合性が重要な論点となります。

2.6. オラクル(外部情報源)に関する条項

スマートコントラクトが外部の情報を利用する場合、その情報の正確性、信頼性、安定性が契約履行の鍵となります。

2.7. 監査・モニタリングおよび緊急停止条項

スマートコントラクトの透明性を確保しつつ、予期せぬ事態に備えるための条項も不可欠です。

3. 企業法務部向け:契約書レビューのポイントと顧問弁護士との連携

スマートコントラクト関連の契約書をレビューする際、企業法務部が押さえるべきポイントは多岐にわたります。

3.1. 契約書レビューチェックリスト(抜粋)

3.2. 顧問弁護士との連携の重要性

スマートコントラクトに関する法的な論点は高度かつ専門的であり、技術的側面との融合が必要となります。企業法務部単独での対応には限界があるため、スマートコントラクトやブロックチェーン技術に詳しい顧問弁護士との密接な連携が不可欠です。

4. まとめと今後の展望

スマートコントラクトの導入は、企業のビジネスプロセスに革新をもたらす可能性を秘めている一方で、契約法上の新たな法的課題を提示します。企業法務部としては、その技術的特性を理解した上で、従来の契約法原則との整合性を図り、多岐にわたる法的リスクを適切に管理するための契約書設計が求められます。

本稿で解説した重要事項や条項設計のポイントを踏まえ、貴社の事業内容とリスク許容度に応じた、実用的かつ堅牢なスマートコントラクト関連契約書の構築を進めてください。今後も技術の進化と法整備の動向に注視し、顧問弁護士との連携を深めることで、企業における法的リスクの最小化とコンプライアンスの徹底を図ることが、持続的な事業成長の鍵となるでしょう。